第15回 ナイツ〜come out of bad dream…〜 (後)
PS2版『NiGHTS』プロデューサー 内田誠
(セガスタジオCHINA)

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〜作業開始から10ヶ月〜
再びナイツはinto dreams…となっていた。
ここが私にとっての最大の山場だった。
開発チームは「アセンブラ解析はある程度に抑え、残りは目コピー」が最良の答えと言う。
しかしナイツは半端な規模のゲームではない。
全てを一から作るとなると、しかもサターンモードと両方を作るとなると、絵の作業だけでも莫大な量となるのはもちろん、アセンブラで書かれたソースコードの量も尋常ではない。いったい何人がかりでどのくらいの労力が詰め込まれているのか見当も付かない。しかもあのナイツファンを納得させる移植レベルが必須。
私はゲーム作りの素人ではないから、その作業が絵に描いた餅に感じるくらいの巨大さであることがはっきり認識できていた。
さらに問題は期間と予算。
いくら中国人スタッフの人件費が安いと言ってもタダではないし、当初予定の締め切りまでは、半年しか残っていない。
この作業をするのにどれほどの費用がかかるのか、どれほどの時間がかかるのか、ひたすらに気が遠くなってゆく。
「やめるという選択肢は無いのですか?」一人のスタッフから声が上がる。
ああ、その言葉のなんと甘く心地よい響きであることか。
それが最も楽であり、この苦しみから開放される近道であることは言われるまでも無く解っている。
そう、解っているのだよ。
でも私には選べないのだよ。
何故だか解らないけど、選べないのだよ。
「・・やる。・・・やると言ったらやる。・・とりあえずどうにかするぞ。」
私に残されていたのは、もうからっぽの言葉だけだった。

〜作業開始から11ヶ月〜
大幅な開発方針の変更と、チーム編成のやり直し。
作業仕様の切り直しとスケジュールの組み直しを一気に推し進めた。
チームはこの時点で社内に余っているプログラマーを全員投入した。
余っていない者も投入した。
おかげで他のプロジェクトはプログラマーが居なくてスカスカだ。
デザイナーも大人数で一気に進めることにした。
ちょうど刑事EXのチームが空いたところだったので、10人全員をそのままつっこんだ。
サターンモードの担当とブランニューモードの担当が、それぞれの背景とモデルを流れ作業のようにバリバリ作り上げてゆく。
こういった仕事は上海チームに向いている。仕事の速さがそのまま能力と見る文化的背景があるのだ。
予算オーバーはこの際もう見ない。
とりあえずスケジュールだけを重視して、でもクオリティを妥協しないという、恐ろしいやっつけ仕事に突入した。
何故だろう、もう怖い物はなくなっていた。
出来る出来ないよりも、「やる」という意識しかなくなっていて、迷いはすっかり消えていた。
メンバー達もその言葉の通り、ひたすら「やる」だけになっていた。
みんななんだか「やれそう」な気がしてきていた。

〜作業開始から12ヶ月〜
ここにきて日本人プログラマーO氏が悲鳴を上げた。
こんなに大きな背景では、1ステージ分すらPS2のメモリーに入りきらないと言うのだ。
サターンのナイツでは、背景情報を升目に区切った座標の高さ情報だけで構成するという、恐ろしい圧縮方法を取っていた。
恐らくサターンのちっちゃなメモリーの中で広大な背景を作り出すために考え出した天才の発想だろう。
しかもせっかく輸入したサターン開発機は寿命間近でしょっちゅう再起動、その上1台しかないからツインCPUの両方をデバッグできず、高度なプログラムはアルゴリズムが途中までしか追えない。
彼の悲鳴と苦悩は毎日のように続いていた。
私にはカップ麺の差し入れくらいしか出来ないが、なぜか私が差し入れる日本製のカップ麺は彼の机に次々と山と積まれ、その下で机に突っ伏して昼休みを寝て過ごしている。カップ麺すら食べる暇が無いのか・・・
この後もこうした先人の恐ろしい知恵や機材の不具合とO氏の格闘は続いてゆき、彼の超人的な活躍によって不可能を可能に変えてゆくことになる。
そんな中、幡谷氏から曲と効果音が届き始める。
幡谷氏の魂のこもった懐かしいナイツの曲がやっとPS2から流れ始めた。
それによって我々の意識は「やれそう」から「出来そう」に劇的に変わってゆくのだった。

〜作業開始から14ヶ月〜
いよいよリリースを視野に入れた作業が増えてきて、細かな仕様合わせが山となって私と李Dにのしかかってきていた。
そんな時に日本から高橋Dが上海に赴任して来てくれた。
これ幸いとばかりに、私は彼にナイツの総指揮を任せることにする。
これがナイツにとっての爆発的な好材料であることは言うまでもない。
このころからサターン版の詳細な仕様との刷り合わせが佳境に入っており、そうした作業はやはり日本人の重箱の隅をつつくような目線が必須。
彼はその光る眼鏡の奥から鋭い目線を走らせ、次々とアラを探し出してくれるのだった。
強力な助っ人を手に入れ、ナイツチームはいよいよ最後の難関に立ち向かう事になる。

〜作業開始から16ヶ月〜
開発開始の当初より、最も難関であろうと予想されていた難物が、この時点でも残されていた。
そう、A−LIFEである。
この「人工知能」様は仕様書とプログラムが一致しておらず、開発した本人も「プログラムの中身が正しい仕様です」という代物。
殆ど思いつきでどんどん仕様を付け足されている、アルゴリズムのフランケンシュタイン状態だった。
そのフランケンシュタインがアセンブラ言語で組まれている訳だから、これはもう笑うしかない。
それもゲームの本流ではないのに、やたらとファンの記憶に残っていて、謎だらけな所を是が非でも再現せねばならないという使命があるから、ヘッドハントが無くても逃げ出したくなる。
もう担当者は必死でアセンブラ言語と格闘し、ひたすらオリジナルコードが何をやっているかを解析し、一つ一つ再現してゆくほか無かった。
この「人工知能」様は最後の最後までバグをだしまくり、細かなオリジナルとの違いを高橋Dと奥成Pから指摘され続け、担当者は悪夢にまで見ながらこのチマチマした生き物の再現に力を尽くした。
この中国の人にしてはなかなか粘り強い仕事のおかげで、なんとか満足の行くA−LIFE君が完成する運びとなった。
そしてもう一つの難関が、ナイツの挙動である。
何と言ってもナイツの挙動こそがこのゲームの全てであるといっても過言ではない。そんなことは言われなくても誰もが解っているのだ。
専属のプログラマーはナイツの挙動再現だけを半年間ずっと続けていて、もう限界に近いところまで来ていたのだが、やはり奥成Pも飯塚Pも我々のナイツの挙動には全く納得してくれなかった。
高橋Dも李Dも毎晩深夜までひたすらナイツの操作感をサターンと比較して改善策を探している。
サターン開発機も最後の奉公とばかりに、何度も死にながら24時間フル回転で、ナイツの再現に力を貸してくれている。
マスターアップの締め切りも近づき、皆が灰色になって力尽きる頃、それは完成した。
同時にクリスマスナイツが完成し、私はその両方の披露を同時に受けた。

感無量だった。

スムーズで迷いの無い操作感。PS2コントローラーに限界まで最適化された感触。そして何よりクリスマスナイツの驚くほどの美しさと相まって、もう感涙するしかなかった。
自分で操作していても他の人のプレイを見ていても、なぜかジーンとしてくるこのゲーム。
これなら大丈夫だ、誰もが満足してくれるに違いない。
あとはもう、完成に向けて仕上げるだけだ。

〜作業開始から24ヶ月〜
このあと結局発売までは、非常に長い期間がかかってしまう。
販売戦略に変更が入り、新作の後に売られることになった為だ。
「なぜ新作が先で、リメイクは後?」と誰もが不思議に思うだろうが、それは我々の作業の遅れが大きな要因なんじゃないかと思っている。
そこを世の中から指摘されることは、この発売日を聞いたときに解っていた。
しかしそんな事は我々にはもう気にならない。
我々が気になるのは、遊んだお客さんが満足してくれるかどうかだけだから。
その為だけにこんなに無理して続けてきた
こんなにも苦労を重ねてきた
こんなにも血のにじむ思いに耐えてきた
その成果がいよいよ試される時が来る。
幸いなことに絵本が付いた「ナイトピア・ドリームパック」は予約が好調。
加えてセガダイレクトのオリジナル商品のサントラも、恐ろしいことに売り切れ。
ナイツファンのディープさに震えが走る。
あとは発売後のユーザーの声だけ、これだけは我々の仕事に全ての責任がかかっている。
糸が張り詰めたような緊張の中、発売のカウントダウンに入っていた。

〜発売〜
2008年2月21日、いよいよその時が来た。
固唾を呑んで見守っていた我々の元に、販売状況とユーザーの反応が届き始める。
販売数は予測を少し下回るものの、お客さんの反応はすこぶる良い。
おりしもサッカーの16文キックやギョーザ事件の直後だったため、中にはエンディングテロップで上海チームの仕事だと知ったときに思うところのあった人も居たはずだ。
しかし評判はすこぶるよろしい。
そして我々と同じように、プレイしながら落涙する者も少なくないとのことだ。
この瞬間、全ての苦労が報われた思いで私たちは満たされた。
このナイツの挙動と再現されたグラフィック、ブランニューより大変だったサターンモード、見るのも嫌になったA−Life、そしてソースも無かったクリスマスナイツ。
それら全てが意義のある仕事として認められ、ユーザーから喜ばれている。
それこそが私たちの最も欲しかった宝物だ。
恐らく同じ気持ちであろう奥成Pが、早速連絡してくるとこう言った。
「さて、次は何をやりましょうかね?」
おい待て、ちょっと待て、今はこの満足感に浸らせておいてくれ。
とりあえず「電波状態が悪くて聞こえませーん」でスルーしておき、会社の玄関に向かう。
そこには私が特別にお願いして作った、常にクリスマスのまま動き続けるナイツのデモ機が置かれている。
誰もプレイしていなくとも、あのカラフルな画面にわくわくさせるクリスマスソングが流れ続ける。
私はこれをセガ上海の代表作として、会社の入り口で長く動かし続けようと決めているのだった。


〜追記〜
A−LIFEに関する当時の開発者との質疑が面白いので、ちょっとだけ紹介

Q.1ステージにスーパーピアンは2匹作れるか
A.見たこと無いけど、可能だと思う。

Q.クリスマスナイツでもスーパーピアンは作れるか
A.見たこと無いけど、作れるはず。

Q.ピアンタワーもクリスマス仕様?
A.覚えていない。クリスマスツリーにしてたかも。

Q.ナイトピアンコレクションでスーパーピアンはどちらに分類?
A.覚えていない。どちらかといえば「ピアン」ではないか。

Q.ゲーム中のピアンとナイトピアンコレクションのピアンは何故違っている?
A.バグです。直してください。

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