第14回 ナイツ〜come out of bad dream…〜 (前)
PS2版『NiGHTS』プロデューサー 内田誠
(セガスタジオCHINA)

〜今から2年前(2006年2月)〜
SEGA AGES2500 ダイナマイト刑事」が完成間近となり、次の仕事を何にしようか奥成Pと検討開始。
刑事の出来がなかなか良かった為、「難易度高いですけどナイツやれませんか」と言いだす奥成P。我々自身にとっても「やりがいのある」タイトルだ。
個人的に調べてみると“たのみこむ”などでのリクエストもとても多い。
あまりの難易度の高さに日本の開発会社では採算が合わない、我々がやらねば世に出ることは無いだろう。そう思うと何やら責任感さえ湧いてしまい、結局承諾した。
この時点で「2006年中に出してくれれば10周年です」と飯塚Pに言われるが、奥成Pと苦笑いでスルーだ。

〜作業開始から1ヶ月〜
当時の上司でありナイツの生みの親でもあるN氏から「ほんとに上海チームでできるの?全部アセンブラ言語で組んであるし、しかもサターンのツインCPUをフルに使いまくっているよ。」と嫌味を言われるも、「まあ見てて下さい」と豪語しつつ説得。
これが自らを背水の陣に追い込むことになる。
SS版ソースは有った物の、元の絵のデータは全滅だし、クリスマスナイツのソースは行方不明。いきなり見通しは暗い。
ムービーは高画質データが現存せず。それならもう一度レンダリングし直そうとデータを集めるも元素材が不完全、一部の足りない部分は目コピーで作り直しが確定。
これが結構大変な作業で、上海スタジオの赤字仕事も確定。
それでも「やりがいのある」仕事なので、そこは上司に内緒でGO!
サウンドは幡谷氏が全面協力を申し出る。本人かなりやる気のよう。ただし忙しいので本格作業は6月からだ。

〜作業開始から2ヶ月〜
セガの販売目標が○万本と設定され、予算もちょっと増えて上海スタジオは赤字回避。
飯塚Pが手掛ける新作とのコラボも視野に入れ、2007年春にPS2版でナイツ認知度アップ、年末に新作でビッグヒットという戦略が組まれる。
上海チームはかつて無い興奮に沸きあがる。
ダイナマイト刑事とはえらい扱いの違いだ。

〜作業開始から4ヶ月〜
アセンブラ解析チームの作業の進み具合がどうも怪しい。
4人がかりでやっていたのだが、調べてみると、どうもできているようで、できていないっぽい。
それを追及中、我々に激震が走った。
『メインプログラマー4名中、3名が辞職願を同時に提出』
それはもろにヘッドハンティングだった。
米国で壮絶なバトルをしてセガを叩きのめしたあの○A社が、ここ上海でも我々にキバを剥いて来たのだ。
もちろん彼らの仕事は中途半端な状態で投げ出され、内容が内容だけにとても引き継げるような物ではなく、ナイツプロジェクトはここに来て死亡寸前の危機に陥ってしまった。
我々上海チームの顔色は、淀んだ上海の空のような灰色だ。

〜作業開始から5ヶ月〜
この時点でナイツは本当に into dreams…だった。
しかし私の長いゲーム開発経験の唯一の自慢は、一旦開発を始めておきながら完成に至らなかったゲームは一つも無い事。(売れる売れないは別としてね)
この程度の事で諦めるほど往生際はよくない。それにここでやめたらセガ上海に大きな汚名が残ってしまうし、ナイツが復活出来ずに“たのみこむ”の書き込みも増えてしまう。
私はその時点で最大の技能を持つ中国人プログラマーと、最もあてになる日本人プログラマーO氏に「今すぐやっている仕事を切り上げてナイツを担当してくれ」と指令を出した。
これはまさにお願いではなく指令。お願いでは引き受けられる難易度ではない。
「その代わりスケジュールだけは君らの言うとおりにするから」と説得し、彼らは仕方なく実現性の見積もりだけは開始してくれた。
こうしてボロボロの中からも「使えるかけら」を拾い集める作業が開始された。

〜作業開始から6ヶ月〜
私は今回のヘッドハント劇とその影響を奥成Pに説明しなければならなかった。
気が重い話を淡々と伝え、どれくらいの遅れが出るかは見積もり次第だと告げる。しかも見積もりに数ヶ月かかるとも伝えた。
絶望的な内容と私のカラ元気を受話器越しに察し、しかして懐の広い奥成Pはこう言ってくれた。
「スケジュールの遅れは構いません、正直なところを出してください。ただし、予算は増えない方向で。」
いろんな意味でありがたい言葉だ。
私はスタッフにこれを伝え、日本側は我々の努力を汲んでくれるから根性を見せてくれとハッパをかけた。
そうして開発チームは恐ろしい難易度のアセンブラとの格闘に再チャレンジし始めた。
後に奥成Pから「僕らのナイツはプロジェクトが小さすぎて気にされていないんですよ」と聞かされた気がするが、中国の安酒で二日酔いになった為かはっきり覚えていない。

〜作業開始から7ヶ月〜
開発スタッフがアセンブラの挙動を検証するためにどうしてもサターンの開発機材が必要だと言う。
サターンの開発機材といえばもう十年前の骨董品。使い方はおろか、どこにしまわれているかも不明だ。
大体見つかったとしても動く保障は全く無い。
探すことを渋る機材サポートチームを説得し、苦労の末やっと一台をレンタル倉庫の奥から発見した。
大喜びもつかの間、これを動かすためにはこれまた骨董品のPC(旧PCIスロット付き)が必要と言うことになった。
こちらも手を尽くして社内中を探し、何とか個人の所有物を発見。
機材サポートチームを拝み倒し、ボランティア仕事でサターン開発機が繋がって動くところまで組み上げてもらう。
なんとも涙ぐましい努力の末に、やっとサターン開発環境はここに復元された。
ここまで余裕で数ヶ月が消費され、さらに輸出関係ですったもんだした挙句、やっと上海に届くことになる。
しかしこれが後のナイツの再現性を高める原動力となるのだった。

〜作業開始から9ヶ月〜
アセンブラ解析チームの見積もりが終了した。
その結果は耳を疑う恐ろしいものであり、我々の全てが凍りつき、そして恐怖した。
「このままアセンブラ解析を続けての製作では、今から2年かかっても完成しません」

・・・・・・・・・アア・・・・・・・・・ナイツ・・・・・・・・

ああ、ナイツ。
なんという偉大なゲームであろう。
我々を苦しめて、どん底にたたきつけて、それでも立ち上がろうとする心を「これでもか」と踏みつけてくれる。
N氏の魂が籠められたゲームには、それに触れるものを容赦なく苦境に陥れるという伝説は本当だったのか。
しかし私は言わねばならない。
その責任を持ったヒトとして言わねばならない。
「で、完成させるにはどうすればいいの?」
一同はさらに凍りつくしかなかった。

つづく